辛いことがあった。嫌なことがあった。
気持ちが落ち込んだ。。。。沈んだ。。。。。。
さて、落ち込んで沈んだところから浮上するために、何をしましょうか?
僕は、「出来事に対する見方を変える」という作業をします。
そもそも、起こった出来事に意味はありません。
こんなことがあった、という事実だけです。
言い方を変えると、中立ということになります。
出来事に意味付けをして、一喜一憂するのは、「自分」です。
自分で意味付けをして、喜んだり、落ち込んだりするんですね。
では、どう考えるか?
「この出来事が、最適な出来事だったとしたら、どんな意味があるんだろう?」
と考えてみます。
起きた出来事が、悪いことに思えるとき、
「もしこの出来事が、最適な出来事だったとしたら、どういう意味があるのだろう?」
と考えてみることで、何かが見えてきます。
なぜ見えてくるのか?
それは、
出来事は、私たちに何かを気づかせてくれるために起こることだから。
僕の例。
車の車庫入れで、バックドアを支柱にぶつけた。
バックドアがひしゃげて、閉まらなくなった。
修理に30万かかった。
この時は、時間に追われ急いでたんだよなあ。
周りをよく見ずに、いつもやってる感覚でバックしちゃってた。
欲しいものをどんどん買って月の支払いが苦しかったっけ。
「急がなきゃ」「今月の支払いどうしよう」「また買っちゃったよ。使わないのに」
など、その時の状況、自分の気持ち、その時の環境などを思い出してみると、
何を気づかせてくれているのか、なんとなく見えてきます。
お金の使い方を見直す時だよ。
いつでも平常心を保つこと。
しなきゃ、すべきから、したいへ転換するといいよ。
こんなことが見えてきます。
気づけば、出来事は良い方向へ動き出します。
神さまは、出来事を通じて、気づきを届けてくれるんですね。
神さま、ありがとう。